東京高等裁判所 昭和36年(う)1307号 判決 1962年2月22日
被告人 佐野宸仕
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五千円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
所論は原判決の事実誤認を主張するものである。よつて原判決の判示するところを検討すると、原判決は、被告人は自動車の運転を業としているものであるが、昭和三十五年八月六日午後四時頃静六―に一、三〇五号自動三輪車を運転し時速三十粁位で吉原市依田橋六二番地附近道路を吉原駅方面に向け進行中前方道路左側を串田寿美枝が第一種原動機付自転車を運転し同一方向に向け進行していたので其の右側を追越さんとしたが斯る場合は同人の車と十分な間隔を取つて追越し接触等による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに之を怠り、同人の車と十分な間隔を取らずに漫然追越した過失により同人をしてハンドルの操作を誤まらしめて顛倒させ同人に治療約二週間を要する前額部打撲傷等の傷害を負わしめたものであると認定し、なお、被告人並びに弁護人の主張に対し、被告人並びに弁護人等は本件自転車に接触の事実を否認し無罪を主張するところであるが、前項判示事実の如く被害者の運転する自転車に接近して自車を運転追越したのであるから、斯る場合は右自転車に接触しないまでも自動車の動揺や風圧又はシヨツクによつて被害者がその操作を誤り転倒する場合が往々あるのであるから従つて斯る場合は自動車運転者は他車との間隔を十二分に保持するに困難な場合は減速するか又は一時停車する等の万全の策を講じ事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があることは条理上当然であるにも拘らず被告人は之を怠り漫然追越したのであるから、被告人は過失の責任を負わなければならないと判示している。しかし原判決にいわゆる被告人が追越にあたりとるべき十分な間隔とはどの程度の間隔を云うのか、被告人が十分な間隔を取らずに漫然追越したとは具体的にどの位の間隔を以て追越したのかまたその追越と被害者がハンドルの操作を誤つて顛倒したこととの間には如何なる因果関係が存するのかと云う点は判示自体により明らかでなく、また挙示の証拠を検討してもこれを明確にすることを得ない。すなわち原判決はこの点において判決に理由を付さずまたは理由にくいちがいがある違法があるものと云うべきであつて、この点において破棄を免れない。
(中略)
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号により原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い、次のように判決する。
被告人は自動三輪車の運転を業としているのであるが、昭和三十五年八月六日午後四時頃、静六―に一三〇五号自動三輪車を運転し時速三十粁位で静岡県吉原市依田橋六二番地附近道路を吉原駅方面に向け進行中前方道路左側を串田寿美枝が第一種原動機附自転車を運転し同一方向に向け進行していたのでその右側を追い越そうとしたが、斯る場合自動三輪車を運転する者は先行する車と十分な間隔を保ち追越に際し接触等による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り漫然進行を続け右自転車を追い越したため自動三輪車の車体後部附近を右自転車の右側ハンドル附近に接触させてこれを顛倒させ、よつて、右串田寿美枝に治療約二週間を要する前額部打撲傷脳震盪等の傷害を負わせたものである。
(法令の適用)
法律に照らすと被告人の所為は刑法第二百十一条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので所定刑中罰金刑を選択しその金額の範囲内で被告人を罰金五千円に処し、右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人にこれを負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判官 山本長次 荒川省三 今村三郎)